東京地方裁判所 平成5年(ワ)2494号 判決 1995年11月27日
原告
福田美智子
同
福田元基
同
大和田みの江
右原告ら訴訟代理人弁護士
坂本成
同
佐藤厚男
同
瀬川健二
被告
甲野太郎
右訴訟代理人弁護士
渡部正郎
主文
一 被告は、原告ら各自に対し、金二億八〇八六万二〇五六円及びこれに対する平成七年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
(主位的請求)
被告は、原告福田美智子に対し金九一五万二二一六円、原告福田元基に対し金二億四六三八万一三四八円、原告大和田みの江に対し金一億六九三九万七三五六円及びこれらの金員に対する平成七年七月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(予備的請求)
被告は、原告ら各自に対し、金四億二四九三万〇九二二円及びこれに対する平成七年七月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事実関係
一 事案の概要
本件は、亡福田錠太郎(以下「錠太郎」という。)の相続人である原告福田美智子(以下「原告美智子」という。)、同福田元基(以下「原告元基」という。)及び同大和田みの江(以下「原告みの江」という。)が、被告に対して、相続税の申告手続を依頼した際にあわせて物納の申請手続を依頼したと主張した上、被告が委任の本旨に反し杜撰な申告事務をし、しかも延納の許可申請をし、そのために原告らが余分な土地を売却せざるをえなくなったなどと主張して、損害賠償として、売却を余儀なくされた土地と相続税額との差額、納付した延納利子税、過少申告加算税及び返還されていない事務手続費用の総額に相当する金員の支払いを求めた事案である。
二 争いのない事実等
1 原告美智子は錠太郎の妻、原告元基及び同みの江はそれぞれ錠太郎の子で、原告元基は大学職員であるが、同美智子及び同みの江は無職である。
2 錠太郎は、平成二年一一月一六日死亡し、原告らが錠太郎の財産を相続により取得した。その相続財産は、別紙遺産分割表記載のとおり、錠太郎が生前の平成二年九月二八日に売買契約を締結していた世田谷区祖師谷三丁目一二二五番一〇の宅地(代金二億六四四六万四五五〇円)を含めて、ほとんどが不動産であった。
3 原告らは、被告に対し、平成二年一二月初め、相続税の申告手続を依頼し、翌三年四月、被告の要求に応じ、相続税の申告に関して三〇〇〇万円を交付した。
4 原告らは、平成三年四月二〇日、被告作成の「遺産分割協議書」と題する書面に署名し、これにより、原告らは、別紙遺産分割表記載のとおり相続し、同月二六日、不動産につき右遺産分割協議書に従って相続登記の申請をした。
5 被告は、相続税の納期限の三日前である平成三年五月一三日、課税価格を原告美智子につき一億〇八二三万四〇〇〇円、同元基につき九億七一七一万一〇〇〇円、同みの江につき六億八〇五五万五〇〇〇円、相続税額を原告美智子につき九億三九三三万六〇〇〇円(按分割合四八パーセント)、同元基につき六億〇六六五万四五〇〇円(同三一パーセント)、同みの江につき四億一〇九五万九五〇〇円(同二一パーセント)、納付税額を原告美智子につき〇円、同元基につき六億〇六六五万四五〇〇円、同みの江につき四億一〇九五万九五〇〇円とする相続税の申告書並びに原告元基及び同みの江の右の納付税額について、現金で納付する税額を原告元基につき六〇六五万四五〇〇円、同みの江につき四〇九五万九五〇〇円、延納申請税額を原告元基につき五億四六〇〇万円、同みの江につき三億七〇〇〇万円、期間を一〇年、分納税額を原告元基につき五四六〇万円、同みの江につき三七〇〇万円、分納期限を平成四年から同一三年まで毎年五月一六日とする相続税の延納申請書(担保の提供に関する書類は添付されなかった。)を作成し、これらはいずれも、同日、世田谷税務署長宛てに提出された。
その翌日、原告元基において六〇六五万四五〇〇円、同みの江において四〇九五万九五〇〇円を現金で納付した。そして、同年一〇月三日、原告元基及び同みの江において、同原告らの相続税残額及び延納利子税について、同美智子に帰属することになった土地を担保として提供し、これに同意する旨の担保提供書(甲二一の一、二)が世田谷税務署長宛てに提出され、同月三一日、右の延納申請のとおり、相続税の延納が許可された(甲二二の二)。右の延納許可通知書によれば、第一回の延納利子税は、納期限を平成四年五月一八日として、原告元基につき二六二〇万八〇〇〇円、同みの江につき一七七六万円、第二回の延納利子税は、納期限を平成五年五月一七日として、原告元基につき二三五八万七二〇〇円、同みの江につき一五九八万四〇〇〇円である。
6 その後、被告の作成に係る相続税の申告書につき過誤があることが判明したので、原告らは、平成四年三月一一日、被告に対して、本件相続税の申告に係る委任契約を解除する意思表示をした上、新たに訴外齋藤稔税理士(以下「齋藤税理士」という。)に対し、右の申告を修正する申告の手続を依頼し、同人を通じて、同年五月一八日、納付すべき税額を原告美智子につき一二三三万九〇〇〇円、同元基につき七億二八〇〇万四九〇〇円、同みの江につき四億九三五六万二七〇〇円とする内容の修正申告手続書(甲三の一)を提出し、あわせて原告元基及び同みの江において相続税の増額分の一部につき物納の手続をした。
右の修正申告書の提出に伴い、原告らは、平成五年一月二九日、原告美智子について一八二万四五〇〇円の、同元基について一二一三万五〇〇〇円の、同みの江について八二六万円の過少申告加算税の賦課決定を受けた。
7 原告らは、右の相続税等を納付するために、平成三年六月から同五年五月にかけて、別紙相続土地処分表記載のとおり、土地を売却した。その譲渡代金は、総額で一六億四八四六万六〇〇〇円、仲介手数料等の必要経費、譲渡所得税、地方税を除いた手取り額は一〇億九〇五九万〇二七四円であった。
8 原告らは、第一回の分納期限である平成四年五月一八日、原告元基において二六二〇万八〇〇〇円、同みの江において一七七六万円の延納利子税を、翌五年一〇月一四日、原告元基において一二八八万五六〇〇円、同みの江において八七三万二〇〇〇円の延納利子税及び前記過少申告加算税を納付した。
9 被告は、原告らに対し、前記の交付済みの三〇〇〇万円のうち八〇一万六八五〇円を返還した。
三 争点
1 原告らは、被告に対し、本件相続税の申告を依頼するに際し、あわせて物納の申請手続を依頼したか。
2 被告がした相続税の申告手続及び延納の申請手続が委任の本旨に反するか。
3 被告に債務不履行があるとすれば、物納財産としての土地の価額と相続税の支払いのために売却せざるをえなくなった土地の価額との差額、延納利子税相当額及び過少申告加算税相当額は、被告の債務不履行による損害といえるか。
4 被告が原告から受領した三〇〇〇万円は、報酬として被告が取得しうるか。
四 当事者の主張
(原告)
1 委任契約及び被告の債務
(一) 原告らは、被告に対して相続税の申告手続を依頼する際に、あわせて物納の申請手続を依頼し、被告はこれを承諾した。
なお、原告らは、現金、預貯金、換価可能な株式は僅かしか有していなかったため、相続税全額を金銭で納付することは困難であり、一方、原告らの相続した土地は自用地が多く(自用地4713.93平方メートル、貸宅地931.9平方メートル、貸家建付地1547.97平方メートル)、本件相続税を納付するに足りる物納可能な土地を有していた。
(二) 被告は、税理士として、委任の本旨に則り、依頼者にとって最も利益となるように相続税の申告手続及び納付手続をすべき義務があり、そのために、原告らの相続財産の内容を調査し、各相続人の相続税が最も少なくなるような遺産分割方法に従った遺産分割案を作成すべきであった。
2 被告の債務不履行
(一) 被告は、原告らに対し、延納申請後でも物納に変更できる旨の虚偽の説明をして、原告らの意に反して延納申請手続をした。
(二) 被告は、委任の本旨に従わずに次のような事務処理をして相続財産の土地の評価を誤り、もって課税価格が四〇億四五九五万〇三一〇円となるところを三三億一六一四万二三六五円と過少申告をした。
(1) 相続財産である土地の評価においては、昭和三九年四月二五日付国税庁財産評価基本通達第八条(以下「財産評価通達」という。)により実際の面積によることとされているのに、登記簿上の地積をそのまま採用し、もって土地の面積を過少に見積もった。
(2) 宅地及び宅地の上に存する権利の評価において、自用地・貸宅地・貸家建付地といった土地の利用区分を八箇所、路線価を八箇所、奥行逓減率を八箇所、二方路線又は三方路線に面する宅地の影響加算を四箇所間違い、もって土地の価額を過少に評価した。
(3) 貸家建付地の評価において、借家権割合の控除率が通達により東京国税局内においては三〇パーセントと決められているにもかかわらず、四〇パーセントとした。
(三) 被告は、原告らの相続税の申告に当たり、以下のような杜撰かつ原告らにとって不利益となる事務処理をした。
(1) 五香屋醤油福田合名会社は従来から全く活動せず、もはや実体がなく、したがって権利金や賃料の支払いもしておらず、その旨の税金の申告もしていなかったにもかかわらず、原告らに相談なしに勝手に復活させる手続をとり、同社が錠太郎の土地に借地権を有していたこととして、法人税約六五〇〇万円、事業税約二〇〇〇万円を納税する旨の申告をした。他方、同社が借地権を有していたということになれば、その借地権が相続の対象となるのに、これを相続財産に含めなかった。
(2) 配偶者に対する相続税額の軽減の制度を最大限に活かして、配偶者の相続割合が五〇パーセント以上になるように配分して節税に努めるべきであるのに、配偶者である原告美智子の相続割合を四八パーセントとする遺産分割案を作成した。
(3) 袋地として当然減額評価すべきところを減額せず、小規模宅地の特例も利用しなかった。
3 損害
(一) 被告が委任の本旨に反して延納の申告手続をしたことにより、原告らは、その分納税額を納付するために毎年土地を売却することを余儀なくされることとなったが、延納利子税の納付を避けて損害を最小限に抑えるために早期に別紙相続土地処分表のとおり土地(路線価総額一四億三五〇九万六二七二円)を売却した。したがって、委任の本旨に則り物納の方法が採られていれば、現金納付分を除く相続税合計一一億一九九五万三六〇〇円(原告元基につき相続税七億二八〇〇万四九〇〇円から既に金銭で納付した六〇六五万四五〇〇円を差引いた六億六七三五万〇四〇〇円、同みの江につき相続税四億九三五六万二七〇〇円から既に金銭で納付した四〇九五万九五〇〇円を差引いた四億五二六〇万三二〇〇円)に相当する路線価の土地を拠出すれば足りたのに、原告らは右売却によって当該土地の路線価総額分を失ったことに帰し、その差額である三億一五一四万二六七二円(原告元基及び同みの江の現金納付分を除く修正相続税本税の金額比59.6パーセントと40.4パーセントで按分すると、原告元基につき一億八七八二万五〇三二円、同みの江につき一億二七三一万七六四〇円)の損害を被った。
そのほか、原告らは、第一回及び第二回分の延納利子税の納付を余儀なくされたから、原告元基につき合計三九〇九万三六〇〇円、同みの江につき合計二六四九万二〇〇〇円の損害を被った。なお、原告らが土地を保有することによって得られる利益は、相続時において、原告元基につき五二五万九八九四円、同みの江につき四一八万〇一九一円であるが、他方、賃借人の立ち退きや建物の取り壊しに費用がかかっている。
(二) 被告が相続税の申告事務を処理する上において相続財産を過少に評価したことにより、原告らは、原告美智子につき一八二万四五〇〇円、同元基につき一二一三万五〇〇〇円、同みの江につき八二六万円の過少申告加算税相当額の損害を被った。
(三) 被告が本件の相続税の申告手続において委任の本旨に反する事務処理をしたことにより、原告らは、被告に対し相続税申告費用として預けていた三〇〇〇万円の残金二一九八万三一五〇円(原告ら三名で按分すると、各人につき七三二万七七一六円)の損害を被った。
なお、委任の本旨に反する事務処理をして過大な損害を与えた本件の場合においては、被告に報酬請求権はない。
4 租税特別措置法等による特例に係る被告の主張に対する反論
(一) 相続による財産の取得をした個人が相続税額に係る課税価格の基礎に算入された資産を譲渡した場合には、譲渡所得の課税の特例があるが(租税特別措置法(以下「措置法」という。)三九条)、原告元基及び同みの江は、相続税の納付に当たり、被告の作成に係る遺産分割協議書に従って自らの名義の土地を売却せざるをえないため、同条の適用を受ける余地はなかった。
(二) また、平成六年法律第二二号租税特別措置法の一部を改正する法律(以下「平成六年改正法」という。)により、昭和六四年一月一日から平成三年一二月三一日までの間の相続につき、延納の許可を受けた個人が、平成六年三月三一日までに納期限が到来している分納税額を控除した残額を延納によっても金銭で納付することを困難とする理由がある場合、申請により物納を許可することができることとされたが、原告らには、右のような特例が設けられることを予想することができなかった上、しかも各年度の分納額を支払っていくことは不可能であったから、延納利子税の負担を軽減するために早期に土地を処分して延納分を前納したのは相当な措置であった。
5 よって、主位的に、債務不履行に基づく損害賠償として、原告美智子は過少申告加算税一八二万四五〇〇円及び申告費用の残金七三二万七七一六円の合計九一五万二二一六円、同元基は相続土地の売却による損害金一億八七八二万五〇三二円、過少申告加算税一二一三万五〇〇〇円、延納利子税三九〇九万三六〇〇円及び申告費用の残金七三二万七七一六円の合計二億四六三八万一三四八円、同みの江は相続土地の売却による損害金一億二七三一万七六四〇円、過少申告加算税八二六万円、延納利子税二六四九万二〇〇〇円及び申告費用の残金七三二万七七一六円の合計一億六九三九万七三五六円並びに右各金員に対する支払いの請求を受けた日の翌日である平成七年七月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、予備的に、原告らは、債務不履行に基づく損害賠償請求(不可分債権)として、合計四億二四九三万〇九二二円及びこれに対する支払いの請求を受けた日の翌日である同月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
(被告)
1 委任契約及び被告の債務
(一) 被告は、原告らから相続税の申告手続を依頼された際に、あわせて物納の申請手続を依頼されたことも、これを承諾したこともない。原告らが被告に対し物納について話したのは平成三年九月に入ってからである。しかも、物納が許可されるには、金銭納付が困難であることのほか物納に適する物件の存在が不可欠であるが、原告元基及び同みの江の相続財産の中には物納に適すると認められる土地はなかった。
原告元基及び同みの江は、本件相続税に係る延納申請書及び担保提供書に署名押印をしており、本件延納手続は原告らの了承のもとにされている。
(二) 被告には、税理士として、各相続人の相続税が最も少なくなるような遺産分割方法を勧め、これに従った遺産分割案を作成するなど原告らの主張するような義務はない。
2 債務の履行
(一) 被告は、原告美智子が遺産分割に関して作成したメモに基づいて遺産分割協議書を起案したのであって、原告らの委任の本旨には反していない。また、被告は、原告らに対し、延納から物納に変更できる旨の虚偽の説明をしたこともない。
(二) 被告が相続財産を三三億一六一四万二三六五円と評価したことについて、以下のとおり、被告には過失がない。
(1) 相続財産である土地の評価においては、実測によらなければならないものではなく、緊急かつ複雑な事態における便法として、登記簿の地積によることが許容される。
(2) 宅地及び宅地の上に存する権利の評価における土地の利用区分について、別紙遺産分割表の東京都世田谷区祖師谷五丁目五八〇番一の一部は、被告の作成に係る相続税の申告書記載のとおり、貸家建付地である。同表の同区三丁目一二二五番一、七、一〇、一五の土地についても同様で、錠太郎が社員の一人であった五香屋醤油福田合名会社に対する貸地であった。
(3) 貸家建付地に係る借家権割合を誤ったが、修正申告とは無縁である。
(三)(1) 五香屋醤油福田合名会社は、休眠状態にあったとはいえ登記簿上存在するから、同社に対する貸地である事実は否定できない。
(2) 遺産の分割は、相続人の協議によって決められるから、配偶者の分割割合は四八パーセントになっても、被告の責任に関わるものではない。
(3) 小規模宅地の特例は、過少申告に影響を与えない。
3 損害
(一) 被告は、正しく一〇年間の分納を内容とする延納の申請手続をしたのであるが、一〇年後の地価及び金利の動向は予測困難であるから、延納が物納に比して原告らに不利益となるとは限らない。
原告らは、相続土地を、むやみにかつ低価格で、しかも、原告美智子名義の土地を売却して同元基及び同みの江の相続税を支払う場合にも措置法三九条の適用を受け得るものと誤解して、売り急いで自ら損害を拡大したものであるから、相続土地の売却に係る原告ら主張の損害を被告が賠償する必要はない。
延納利子税は、納期限の延期の利益に対する対価であり、損害ではない。
(二) 被告が本件相続財産の評価を誤ったのは、原告らが被告の本件相続税の申告手続の事務処理に十分な協力をしなかったためであるから、過少申告に係る損害について、過失相殺により減額されるべきである。
(三) 被告が原告らから預かった三〇〇〇万円は、本件相続税の申告手続をすることについての報酬であるから、たとえ被告の事務処理に過失があったとしても、被告としてはこれを返還する必要はない。
4 租税特別措置法等による特例の適用について
(一) 原告らは、措置法三九条の規定の適用により、原告元基又は同みの江の相続財産を処分して損害額を圧縮することができたにもかかわらず、あえて原告美智子の相続財産を処分したことにより、損害を拡大した。したがって、原告らが譲渡をした土地に係る譲渡所得税三億七二〇五万八一六〇円は損害から差し引かれるべきである。
(二) 原告らの相続は、平成六年改正法による特例の対象期間内にあるものであるから、原告らは、前に延納の許可を受けていても物納を申請することができたはずであって、物納をすることができないことによる損害は発生しない。
第三 争点に対する判断
一 本件における事実の経緯について
甲第一号証の一から一五まで、第三号証の一から九まで、第四号証から第八号証まで、第一〇号証から第一四号証まで、第一五、第一六、第一七号証の各一及び二、第一九号証、第二〇号証の一、二、第二一号証の一、二、三、第二二号証の一、二、第二四号証から第三一号証の五まで(ただし、甲第三〇号証の三、八及び九を除く。)、第三二号証の一、二、三及び五から一六まで、第三三号証から第三九号証まで、乙第一号証、第三三号証、第四〇号証から第四三号証まで、原告福田美智子及び被告の供述並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められ、右認定に反する乙第四一号証(被告の陳述書)、第四六号証(青木裕史の陳述書)、第八〇号証(同)及び第八一号証(矢野フサ子の陳述書)並びに原告福田美智子及び被告の供述の一部はいずれも採用しない。
1 原告らは、被告が錠太郎の生前三〇年近く原告ら福田家の税務会計事務を委任されていたので、平成二年一二月初旬、原告元基を通じて、被告に対し、錠太郎死亡に伴う相続税の申告手続を依頼した。
2 原告らは、平成二年度の経常的所得として、原告元基において給与所得七七六万八〇五〇円、不動産所得一三四六万五六二〇円、同みの江において不動産所得八九四万二七五〇円を有するのみで、しかも、相続財産は、現金、預貯金等は四〇〇〇万〇一七〇円に過ぎず、大部分が不動産であったため、相続税の納付を金銭ですることは困難であり、物納の方法によるのが最良であると考え、平成三年一月一一日ころ、世田谷税務署に赴き、同署署員に対して物納手続について質問し、土地を物納する場合には更地の方がよいとの助言を得た。
そこで、原告らは、同月一五日、原告美智子宅を訪れた被告に対し、あわせて相続税の物納申請手続を委任した。その際、原告らは、被告に対し、相続財産の内容を詳細に説明するとともに、不動産登記簿謄本、評価証明書、印鑑証明書等の書類を渡し、原告らの住んでいる建物とその敷地が同一所有者に帰属するように相続財産を分割してほしいことを要請し、原告元基において、物納が可能になるように更地を主に同原告及び原告みの江に帰属させることとする原告らの案(乙四〇)を書き出して被告に渡した。このような原告らの依頼に対し、被告は、安心して任せてほしいと言って承諾した。
3 原告らは、その相続土地をできる限り更地にするべく、平成三年一月、不動産仲介業者である有限会社創拓ちとせ開発不動産に対し、借地人や借家人との立ち退き交渉を依頼したが、そのころ、被告に対し、物納との関係でどの土地を更地にすべきかについて問い合わせたが、何ら具体的な助言を受けなかった。また、原告らは、同年三月三日ころ、被告に対し、物納に当たって土地の測量が必要か否かについて問い合わせて、必要ないとの返答を受けたが、銀行から必要であると言われたので、そのころ別府測量設計株式会社に測量を依頼して、実測図面を得た。
4 原告らは、平成三年四月二〇日、被告から遺産分割協議書ができたので三〇〇〇万円と引換えに渡すとの連絡を受け、同月二三日にこれを振り込んだ。そして、原告らは、同月二五日ころ、被告の事務所において遺産分割協議書案を見せてもらったが、その際、遺産分割の内容についての説明はなく、物納をするためにこの遺産分割協議書で登記するようにと言われたため、原告らは、当該協議書の内容を確かめることなくその相続人欄に署名押印した。
そして、原告らは、同年四月二六日、司法書士を通じて、右遺産分割協議書に従い相続登記手続をした。
被告は、右の遣産分割協議案を作成するに当たり、原告美智子に相続財産の価額の二分の一を相続させるとの方針をもっていたが、物納を予想してそれに適するように相続土地を分割することを考えることはしなかった。また、右の遺産分割協議書によれば、原告美智子の取得財産は、配偶者に対する相続税額の軽減、いわゆる配偶者控除(相続税法一九条の二の一項)の割合である五〇パーセントに満たない四八パーセントに留まっている。
5 原告美智子は、相続税の納期限の三日前である平成三年五月一三日、被告から相続税の申告書ができたとの連絡を受け、原告みの江と共に被告の事務所に赴いて相続税の申告書及び相続税延納申請書を見せて貰った。しかし、その際、被告は、その申告書の内容について説明することをしなかったが、このとき初めて延納の申請がされることを知った原告美智子が、この申告書で物納することができるのかと質問したところ、「時間がなかったのでとりあえず延納の手続をとっておきました。物納にしたければ、そのときまた私が手続をとります。」と答え、さらに「一日でも遅れると加算税がかかるからすぐに税務署に提出するように。」との説明をした。そこで、原告美智子らは、その内容を検討することなく、その日のうちに税務署に当該相続税の申告書及び相続税延納申請書を提出した。そして、その翌日、原告元基及び同みの江は、前記の錠太郎が生前に売却した土地代金等をもって、前記のとおり、原告元基において六〇六五万四五〇〇円、同みの江において四〇九五万九五〇〇円を現金で納付した。
6 ところで、原告らは、物納に備えて、前記の不動産仲介業者を通じて立ち退き交渉を続け、別紙明渡経過一覧表記載のとおり、平成三年二月から一一月にかけて貸家及び貸地の明渡しを受けた。また、これらの交渉の過程において、土地の買取を打診してきた借地人らがいたため、原告らは、別紙相続土地処分表記載のとおり、同年六月から七月にかけて、相続した土地のうち同表1から4までの土地を売却した。このような一連の交渉において、原告らは、被告に対して、その都度土地を売却するのがよいか等について相談したが、被告は、売却を勧めるだけで何ら助言をせず、相続税納付のための土地の売却について譲渡所得税の軽減措置があること(措置法三九条)について説明することもなかった。
7 原告美智子は、平成三年九月六日ころ、被告に対し、物納に変更することについて質したところ、同月一三日になって、被告から、延納から物納に変更することは不可能であるので土地を担保として提供する旨の返答を受けた。そこで、同元基がその趣旨を尋ねたところ、被告は、担保流れによって物納と同じことになると説明した。
そして、原告美智子は、被告の指示に従い、同年一〇月三日、同元基及び同みの江に係る相続税延納による相続税及び利子税の額に対する延納担保として、世田谷区祖師谷五丁目五八〇番四、同五九九番一〇、同一二及び同七五の土地を提供した。
8 原告らは、翌四年一月ころ、先に提出した相続税の申告書について、世田谷税務署の渡部俊一調査官の調査を受けたが、その際、同人から申告書の幾つかの誤りの指摘を受けた。それにより、原告らは、被告が、相続財産である土地の評価において、財産評価通達に反し、土地面積について実際の面積ではなく登記簿上の地積をそのまま採用した上、宅地及び宅地の上に存する権利について本来自用地として申告すべき土地をもはや実体のない五香屋醤油福田合名会社を借主とした貸宅地、貸家建付地として申告したために自用地、貸宅地、貸家建付地という土地の利用区分を八箇所も誤り、そのほか、路線価を八箇所、奥行逓減率を八箇所、二方路線又は三方路線に面する宅地の影響加算を四箇所等の過誤を犯し、そのため、本来四〇億円を超えるべき相続財産を三三億一六一四万二三六五円と過小評価していたことを知った。
9 原告らは、平成四年一月二九日ころ、前記渡部調査官から、物納の申請は納期限までにしなければならないことや担保流れは競売されることで物納とは異なることの説明を受け、被告が延納申請手続をしたことにより、もはや物納ができないこと、ひいては相続した土地を売却するなどして各年度の分納額及び延納利子税相当額を工面しなければならないことを知った。
10 さらに、原告美智子は、平成四年二月二八日ころ、突如被告から五香屋醤油福田合名会社に係る法人税約六〇〇〇万円を納付するように言われたので、調べてみると、被告が、原告らに無断で、もはや実体のない右合名会社について、右合名会社の錠太郎の有していた持分を原告美智子及び同みの江が相続して定款を作成した旨の書面等を作成していたことが判明した。
11 原告らは、被告が相続財産を過少評価していたことにより、相続税等の修正申告を余儀なくされたため、前記のとおり、平成四年三月一一日に被告に対して本件相続税の申告に係る委任契約を解除する旨の意思表示をするとともに、齋藤税理士に相続税の修正申告手続等を依頼して、同年五月一八日、同人を通じて、相続税の修正申告をし、あわせて原告元基について増額分一億二一三五万〇四〇〇円のうち現金で納付する税額三〇五八万一三三六円を除く残額九〇七六万九〇六四円及び同みの江について増額分八二六〇万三二〇〇円全額について物納申請をし、その許可を受けた。そして、右の修正申告により納付すべき本税の額に対する加算税について、原告らは、前記のとおり、平成五年一月二九日、過少申告加算税の賦課決定を受けた。
12 そこで、原告らは、相続税等の納付資金を作るため、相続した土地のうち、自用地及び立ち退きが完了して売却可能となったものを売りに出し、別紙相続土地処分表5から13までのとおり、売却した。
そして、原告らは、右売却代金で、平成四年五月一八日、第一回の相続税分納分(原告元基五四六〇万円、同みの江三七〇〇万円)及び延納利子税(原告元基二六二〇万八〇〇〇円、同みの江一七七六万円)合計一億三五五六万八〇〇〇円並びに第二回から第四回までの相続税分納分合計二億七四八〇万円(原告元基一億六三八〇万円、同みの江一億一一〇〇万円)を納付するとともに、修正申告額のうち合計四二九二万〇三三六円(原告美智子一二三三万九〇〇〇円、同元基の現金で納付する税額三〇五八万一三三六円)を納付し、同年七月二三日には、第五回の相続税分納分合計九一〇〇万円(原告元基五四六〇万円、同みの江三七〇〇万円)を繰上げ納付した。さらに、翌五年四月一五日、第六回及び第七回の相続税分納分合計一億八三二〇万円(原告元基一億〇九二〇万円、同みの江七四〇〇万円)を、同年五月一一日、第八回から第一〇回までの相続税分納分合計二億七四八〇万円(原告元基一億六三八〇万円、同みの江一億一一〇〇万円)を、同年一〇月一四日、同日までの延納利子税合計二一六一万七六〇〇円(原告元基一二八八万五六〇〇円、同みの江八七三万二〇〇〇円)及び過少申告加算税合計二二二一万九五〇〇円(原告美智子一八二万四五〇〇円、同元基一二一三万五〇〇〇円、同みの江八二六万円)を納付した。
二 なお、被告は、原告らから物納の申請手続の依頼を受けず、原告らが初めて物納について言及したのは平成三年九月であると主張するので、以下この点について付言する。
被告本人は、原告らから物納の申請の依頼を受けていなかったため延納の申請手続をした旨供述しているが、一方、延納の申請手続をする際、原告らに対して、延納の方法についてはもとより、延納と物納の違いについて説明をしなかったこと、延納によった場合の納付資金の準備等についても何ら助言しなかったこと等を供述し、また、陳述書(乙四一)において、納税資金については殆ど考慮する余裕がなく、物納・延納の問題は全く検討していなかったと述べるが、それ自体不自然であり、相続税総額一〇億円以上につき延納に係る各年度ごとに約一億円の分納分を負担することになる原告らが、延納手続がされたことを知りながら、その納税方法、資金の捻出方法等について何ら質問しなかったとは考えがたい。また、被告の主張するとおり、原告らが平成三年九月になって初めて物納に変更するよう要請したとすれば、延納から物納に変更することは法律上不可能である旨説明すれば足りたにもかかわらず、被告は何ら説明せずに放置しているのであり、税理士の顧客に対する対応としては納得しがたい。
これに対し、原告美智子本人は、平成三年正月ころ親戚の間で物納によるのが最良であるとの話が出て、その後世田谷税務署に物納の方法について聞きに行き、同署署員から物納に充てる物件として更地がよいとの説明を受けて不動産仲介業者に借地人等の立ち退きの交渉を依頼した上、同月一五日に被告に対して物納の申請を依頼したというのであり、その供述は、一貫している上、具体的かつ合理的であり、原告らから立ち退き交渉を依頼されたという有限会社創拓ちとせ開発不動産の代表取締役宇都宮千代子の陳述書(甲一九)によっても補強され、また、当時の原告らの保有財産や経済情勢等からも首肯しうるところである。
したがって、原告らから物納の申請の依頼がなかったとする被告の供述(陳述書を含む。)は、措信することができない。
三 被告の債務不履行について
1(一) 原告らが被告に対して本件相続税の申告手続を依頼するに際し、あわせて物納の申請手続を依頼したことは、前認定のとおりである。したがって、被告が前認定のとおり延納の申請手続をしたことは、特段の事情のない限り、委任の本旨に従わず、かつ、善良な管理者の注意で委任事務を処理しなかったものということができる。
(二) ところで、物納は、納税義務者について、その納付すべき相続税額を金銭で納付することを困難とする事由がある場合において税務署長の許可があって初めて認められる(平成四年法律第一六号による改正前の相続税法四一条一項)。そして、右にいう納付すべき相続税額を金銭で納付することを困難とする事由があるか否かについては、納税義務者がその申請時において有する金銭はもとより、その者の近い将来における金銭収入をも考慮して判断されるべきであるところ(相続税法基本通達四一―二)、本件相続税の申告当時、原告らに右の事由があったか否かについて検討する。
まず、相続財産中不動産等の占める割合は、価額にして九九パーセントを占め、しかも、原告らが経常的所得として有するものは、前認定のとおり、原告元基において年合計二一二三万余円、同みの江において八九四万余円である。更に、これを子細にみれば、原告らは、相続財産として現金、預貯金等四〇〇〇万余円、原告美智子において生命保険金二四七〇万余円を有し、そのほか錠太郎の生前に売買契約を締結していた土地(世田谷区祖師谷三丁目二二五番一〇)の売却代金二億六八一六万九〇〇〇円及び別紙相続土地処分表1から4までの土地の売却代金の合計四億八三四六万五〇〇〇円(ただし、譲渡所得税等が課せられているので、手取り額はこれより小額になる。)の現金の取得が見込まれたことになる。この場合において、遺産分割協議において、右預貯金等及び右売却される土地を、配偶者に対する相続税額の軽減措置を考慮して配偶者である原告美智子と同元基及び同みの江に適宜に帰属させることにより、原告元基及び同みの江の現金等の相続分が少ないものとなりうる。したがって、原告元基及び同みの江において、金銭納付することが困難な事由の要件を充足することができる。
次に、原告らにおいて、本件相続税の申告当時物納に充てることができる財産を有していたかについて検討する。不動産については、買戻しの特約等の登記のあるもの、売却できる見込みのないもの、貸地又は貸家で賃貸料が不正に低廉であり、若しくは相当期間以上滞納され、又は敷金、保証金等の債務が残存しているもの等を除いて、原則として物納できるとされているが、第三者に対する賃貸物件については、国の管理に手がかかることから、事実上物納は不適当であるとの取扱いがされている。株式等については、証券取引所に上場されているもの及び証券取引所に上場されていないものであっても譲渡性のあるものは、原則として物納に充てることができるとされている。これを本件についてみると、原告らの相続土地は、自用地が4713.93平方メートル、貸宅地は931.9平方メートル、貸家建付地が1547.97平方メートルで、別紙遺産分割表に記載された土地のうち、世田谷区祖師谷五丁目五八〇番一の一部、同五丁目五九九番八八、同五丁目五九九番四の各土地は駐車場の用に供されている自用地であり、同五丁目五八〇番一の一部は原告美智子及び同元基の自宅敷地に供されているものの角地寄りの半分以上は庭であって更地とすることが可能であり、同五丁目五九九番二九は平成三年三月に明渡しが完了し更地とすることができた土地であり、また、同五丁目五九九番一〇及び同五丁目五九九番一二の土地は、物納申請当時すでに明渡交渉が進み、翌四年四月から六月にかけて売却されているから、物納の申請当時においては未だ賃貸されていたものの近日中に明渡しが完了する予定であったものということができ、これらの土地は、いずれも物納に充てることができる財産であるということができる。これらの物件の路線価の総額は一三億二八四一万一四〇〇円にのぼる(ただし、同五丁目五八〇番一の一部のうち原告美智子及び同元基の自宅敷地に供されているものについては、路線価の二分の一を加算した。)。そのほか、原告美智子において上場株式等六五九万一〇〇〇円を有していた。よって、原告らは右の合計である一三億三五〇〇万二四〇〇円に相当する物納可能物件を有していたといえる。
したがって、本件において、原告元基及び同みの江に物納を妨げるべき事情は窺えず、同原告らに課せられた相続税額合計一二億二一五六万七六〇〇円は、同原告らに物納に充てることができる財産を帰属させることにより、物納することが可能であったということができる。
(三) そのほか、本件相続税の納付において、物納の方法によりがたいとか、延納が物納より納税義務者である原告らに有利である等の特段の事情の認められない本件においては、被告が右依頼の趣旨に反して延納の申請手続をしたことは、債務不履行に該当するといわざるをえない。
2 さらに、原告らと被告との間で締結された本件相続税の申告の手続等の委任契約の趣旨に照らすと、被告は、税務の専門家として、租税に関する法令、通達等に従い、適切に相続税の申告手続をすべき義務を負うことはもちろん、納税義務者たる原告らの信頼にこたえるべく、相続財産について調査を尽くした上、相続財産を適切に各相続人に帰属させる内容の遺産分割案を作成、提示するなどして、原告らにとってできる限り節税となりうるような措置を講ずべき義務をも負うものということができる。
しかしながら、被告は、前認定のとおり、相続財産である土地の評価に当たり、財産評価通達に反し、地積を実測した上でこれに路線価を乗じて土地の評価額を算出することを怠ったほか、土地の利用区分、路線価、奥行逓減率、二方路線又は三方路線に面する宅地の影響加算等において過誤を犯し、もって相続財産の評価を誤り、過少に申告したのであるから、このような被告の事務処理は、到底本件相続税の申告手続に係る委任の本旨に則ったものということはできず、債務不履行に該当することは明らかである。
また、被告は、原告らにとって節税となるように、配偶者に対する相続税額の軽減措置を考慮して、相続財産を原告美智子と同元基及び同みの江との間に適正に帰属させるようにすべきであるのに、前認定のとおり、これを怠り、そのほか、本件相続税の申告の手続において適切を欠く事務処理を行ったことも前認定のとおりであり、もって本件委任契約の本旨に反したということができる。
四 損害額について
1 原告らは、まず、原告元基及び同みの江が現金納付分を除く相続税を支払うために売却せざるをえなかった土地の路線価の総額一四億三五〇九万六二七二円と同原告らの現金納付分を除く相続税一一億一九九五万三六〇〇円との差額三億一五一四万二六七二円及び原告元基及び同みの江が負担した延納利子税額六五五八万五六〇〇円を損害として主張する。
(一) 被告のした延納手続によって生じた損害は、契約の本旨に則り物納がされうる場合に原告らが失うべきものより被告のした延納の申請を前提として原告らが出費を余儀なくされたものが多いときに生じ、その差額に該るということができる。
(二) そこで、契約の本旨に則り物納がされうる場合に原告らが失うべきものについて検討する。
まず、契約の本旨に則り物納がされうる範囲を画定すると、原告らは被告のした延納の申請のうち金銭による納付の部分については是認し、被告においてもこれを争わないから、本件相続税の納期限において、少なくとも修正された相続税額一二億三三九〇万六六〇〇円(原告美智子一二三三万九〇〇〇円、同元基七億二八〇〇万四九〇〇円、同みの江四億九三五六万二七〇〇円)から現金納付額(原告元基につき六〇六五万四五〇〇円、同みの江につき四〇九五万九五〇〇円)を差し引いた一一億三二二九万二六〇〇円(原告美智子につき一二三三万九〇〇〇円、同元基につき六億六七三五万〇四〇〇円、同みの江につき四億五二六〇万三二〇〇円)が物納されうるところ、さらに、前認定のとおり、その後修正により増額した相続税額(原告元基につき一億二一三五万〇四〇〇円、同みの江につき八二六〇万三二〇〇円)のうち原告元基につき九〇七六万九〇六四円、同みの江につき八二六〇万三二〇〇円が物納されているから、右の物納額等を差し引いた残額合計九億五八九二万〇三三六円(原告美智子一二三三万九〇〇〇円、同元基五億七六五八万一三三六円、同みの江三億七〇〇〇万円)が、結局、物納がされうる範囲である。
ところで、相続税を物納する場合、物納財産の収納価額は、課税価格計算の基礎となった当該財産の価額によるのであって、その物納財産が土地であるときは路線価で評価されるから、相続税を土地をもって物納する場合には、結局、相続税額に相当する路線価の土地を充てれば足りることになる(相続税法四三条一項、二二条、財産評価通達1、11)。
したがって、本件においては、前記の画定物納額九億五八九二万〇三三六円を物納するには、同額の路線価の土地を充てれば足りる。
(三) 次に、被告のした延納の申請を前提として原告らが余儀なくされた出費について検討する。
(1) 原告らが被告のした延納の申請の内容に従って分納額を納付しようとすれば、原告らに分納額を納付し続けうる安定した継続的収入があれば格別、原告らにおいては分納額を全額賄うことのできる手持ちの現金等はもちろん継続的収入もないことは前記のとおりであるから、原告らが手持ちの現金等によって賄いきれない資金を捻出するために相続土地を売却することはやむをえないということができ、しかも、できる限り早期に土地を売却することは、当時の土地市場の状況、経済の動向等に照らし、延納利子税(税率4.8パーセント)の負担を軽減することにもなり、首肯しうる。この場合において、売却を余儀なくされた土地の価額(売却代金に譲渡所得税及び地方税等並びに測量費等の諸経費を加えたもの)が前記の画定物納税額に相当する土地の路線価額を超えるときに、その差額分が延納手続をとられたことによる損害となる。
(2) そこで、分納額を納付するために原告らが売却せざるをえなかった土地を画定するために、まず、原告らの有する現金等の額について検討する。前認定のとおり、原告らは、相続税の申告の当時、預貯金等現金四〇〇一万〇一七〇円、生命保険金二四七〇万八二〇五円を有していたほか、錠太郎が生前売却した前記の土地の売却代金から諸経費を控除した分をそれぞれ法定相続分に従い取得しており、その手取り額は、その売却に係る必要経費の額、ひいてはその譲渡所得税及び地方税の実際の支払額が明らかでないから、必要経費を〇円とし、取得費をその五パーセントとして(措置法三一条の四第一項)計算すると(所得税法三三条三項二号、四項、三八条一項、措置法三一条一項、四項、地方税法附則三四条一項、四項)、一億八八二九万六八二二円(原告美智子につき九四一四万八四一一円、同元基及び同みの江につきそれぞれ四七〇七万四二〇五円)であると認められる。また、別紙相続土地処分表1から4までの土地は、前認定のとおり、延納手続がとられたこととは関係なく売却されたものであるので、これらの土地の売却代金(その手取り額は、弁論の全趣旨により、原告美智子につき一億四六九七万〇三五〇円、同元基につき四〇七万〇八二〇円、同みの江につき四〇九万三四四〇円)も、右の手持ち現金等として扱われるべきである。そして、これらの合計は四億〇八一四万九八〇六円(原告美智子につき三億〇五八三万七一三六円、同元基につき五一一四万五〇二五円、同みの江につき五一一六万七六四五円)となる。
一方、原告らは、前記のとおり、右の手持ち現金等によって、延納の申請における現金で納付する税額一億〇一六一万四〇〇〇円(原告元基において六〇六五万四五〇〇円、同みの江において四〇九五万九五〇〇円)を現金で納付したが、そのほかの出費が右の現金等で賄われたことについては立証がない。なお、延納利子税(原告元基において三九〇九万三六〇〇円、同みの江において二六四九万二〇〇〇円)及び過少申告加算税(原告美智子について一八二万四五〇〇円、同元基について一二一三万五〇〇〇円、同みの江について八二六万円)が右の手持ちの現金等によって金銭納付されたことは推認されるが、後記のとおり、これらは、損害賠償として補填されるべきものであるから、手持ち現金等として保有しているものと取り扱うべきである。
したがって、原告らは、延納手続により相続税を現金納付せざるをえなくなった時点において、手持ち現金等合計四億〇八一四万九八〇六円から既納付税額一億〇一六一万四〇〇〇円を差し引いた三億〇六五三万五八〇六円について納付資金として賄うことができるから、原告らが相続した土地を売却して捻出せざるをえなかった価額は、前記の相続税残額九億五八九二万〇三三六円から右の三億〇六五三万五八〇六円を差し引いた六億五二三八万四五三〇円であるということができる。
(3) 原告らは別紙相続土地処分表1から13までの土地全てを売却せざるをえなかったと主張するが、同表1から4までの土地は、前記のとおり、延納手続がとられたこととは関係なく売却されたものであるから、損害額を計算する上で基礎とすべきでない。次いで、同表5から13までの土地についてみると、これらの土地を売却したことによる原告らの手取り額は、弁論の全趣旨により九億三五四五万五六六四円と認められるところ、これは原告らが捻出せざるをえなかった金額を上回るから、これらの全てを売却せざるをえなかったものということはできない。結局、右の金額を捻出するために原告らが売却せざるをえなかった土地は、措置法による譲渡所得の課税の特例を考慮して、まず、原告元基及び同みの江名義の土地である同表13であり、次いで原告美智子名義の土地のうち最後に売却された同表11及び12の土地を除く同表5から10までの土地であるということができ、その手取り額の合計は七億〇一二五万二四四四円となる。そして、右手取り額は、原告らが捻出せざるをえなかった額を四八八六万七九一四円上回るから、右金額は原告らに留保されたものとして、損害額から控除すべきである。
(4) 以上により、原告らが被告の延納手続により相続土地の売却を余儀なくされたことにより被った損害は、別紙相続土地処分表5から10まで及び13の土地の正常価格としての路線価の総額八億九一三九万九六六四円及び納付資金に充てることのできた三億〇六五三万五八〇六円の合計一一億九七九三万五四七〇円から画定物納額九億五八九二万〇三三六円及び余剰金四八八六万七九一四円を控除した一億九〇一四万七二二〇円である。
(四) 被告は、延納が物納に比して原告らに不利益となるとは限らず、しかも原告らが相続土地を売り急ぎ、延納の方法によらずに一括して相続税を全額納付したために損害が拡大したと主張する。
被告の主張するとおり、各年度ごとの分納税額を納付する限りにおいて土地を売却したとしても、一括売却の場合と同様、各売却代金について譲渡所得税及び住民税が課税され、諸経費を要するのであるから、時期を早めて売却をしたことにより損害が拡大したとはいえず、当時の経済情勢からみると、平成元年ころから地価は下落傾向にあり、延納手続をとって土地を保有していることが利益になるとは必ずしもいいがたく、前認定のような原告らの経常的収入からすると、原告らにおいては相続した土地を売却することによらなければ初年度の分納額を納めることすらできなかった上、その売却のためには立ち退き交渉等が必要であって、それを各年度ごとにすることに手間と経費がかかることは見易いところであり、さらに、後記のとおり、延納による場合に負担しなければならない延納利子税が土地を保有することによる利益をかなり上回るものであること等の本件における事情にかんがみれば、原告らが土地を早期に一括して売却して相続税残額を納付し、もって延納利子税の負担を軽減しようとしたのも無理からぬところであり、被告の右の主張は採用の限りでない。
次に、被告は、原告らが原告美智子名義の相続土地を売却したことにより、措置法三九条の規定による特例措置に浴することができず、また、被告のした延納申請に従って分納していれば、平成六年改正法により相続税の残額について物納することができたはずであるとして、原告らの行為により損害が拡大したと主張する。確かに、原告らが相続税の納付資金を捻出するために売却した土地のうち、原告元基及び同みの江においては、その共有名義である別紙相続土地処分表4及び13の土地について措置法三九条の適用を受けたものの、その他の土地については原告美智子がその名義である同表5、7、11及び12について適用を受けただけである。被告の主導により作成された別紙遺産分割表に従えば、原告元基が相続することとされた土地は同原告及び原告美智子の自宅建物敷地及び世田谷区祖師谷五丁目五八〇番一の一部を除いて全て貸地又は貸家建付地であり、原告みの江が相続することとされた土地は、同美智子及び同元基の自宅建物敷地及び自宅敷地を除いて全て貸地又は貸家建付地であり、これらの貸地又は貸家建付地のうち右の別表12の土地を除くものについて、明渡しが完了するなどその後売却可能となったことを裏付ける証拠はない。右のとおり、原告元基及び同みの江の相続財産中には実際において譲渡を期待しうる土地はないから、原告らには措置法三九条の適用を受けて譲渡所得税を軽減する余地はなかったということができる。また、一般に、平成三年から五年にかけて平成六年改正法による特例を予測することは容易ではなく、原告らにおいても同様であると思料され、原告らにおいて相続土地の売却前にこれを予測しえたという特段の事情も窺えないから、原告らが右の法改正前に土地の売却を完了したことをとらえて損害が拡大されたとする被告の主張は採用することができない。
なお、原告らの納付税額をより軽減するために、原告らにおいて被告の主導によりされた遺産分割協議を合意解除して再分割協議をすることは、当時既に当初の分割を前提として売買等が進められていた等の事情からすると、必ずしも期待しうるところではなく、また、税務当局により是認されるか否かも明らかではなく、少なくとも被告において原告らがそれをしないことをもって損害を拡大したと非難することは、自ら原告らに不利益となる状況を引き起こしていながら自らの過誤を原告らが是正しないことを非難するに帰し、許されないといわなければならない。
(五)1 延納利子税については、被告が委任の本旨に反して延納手続をとったことにより原告らが負担せざるをえなくなったものであるから、被告の債務不履行による損害に当たるということができる。ただ、延納利子税は延納の期間に応じて納付されることとされている附帯税であって、被告の主張するように相続税の納付の繰延べによる利益に対する対価という面があることは否定できない。原告らは、結果的には、納期限から売却までの間相続税の納付を猶予される利益を得て、もって相続土地を保有したことによる利益を得たことになるから、この間に保有された利益は、損害から控除されるべきである。そして、前記の売却を余儀なくされた別紙相続土地処分表5から10まで及び13の土地の保有の利益について、右各土地が原告らの平成五年度においてなお保有する各土地の賃料収入と同一基準による収益をあげることができ、かつ、各土地が当該売却時点において売却されざるをえなかったものとして算定することとし、平成五年度の保有土地一平方メートル当たりの平均賃料収入年額一〇四二九円に右各土地の売却時点までの期間を乗じると、別紙相続土地処分表5、6及び7の土地につき七一六万一九〇七円、同8の土地につき三〇九万四二〇六円、同9の土地につき二五五万五五九一円、同10の土地につき三二三万四五一九円、同13の土地につき三〇二万七一九一円の保有の利益が得られたものと推認され、この合計一九〇七万三四一四円が損害から控除される。
したがって、延納利子税に係る損害額は、納付済みの延納利子税額合計六五五八万五六〇〇円から右の金額を控除した四六五一万二一八六円である。
2 過少申告加算税については、被告が委任の本旨に反し相続財産の評価を誤り過少申告したことにより負担せざるをえなくなったものであるから、その相当額二二二一万九五〇〇円は、被告の債務不履行による損害に当たる。
被告は、過少申告を来した原因には原告らに負うところもあるとして、過失相殺を主張するが、原告らが被告に対し、その委任事務の遂行を妨害し、あるいは特に非協力的であったなど、原告らの責任を肯定すべき事情は窺えず、被告の右主張は、採用の限りでない。
3 原告らが被告に対して預けた三〇〇〇万円は、前記のとおり、本件委任契約における事務処理の費用として交付されたものである。委任事務処理の費用は、受任者が委任事務を委任の本旨に従い善良な管理者の注意をもって処理する上において要する限度で取得しうるものというべきであるが、前認定のとおり、受任者である被告は、原告らの依頼の趣旨に反し、その信頼を悉く踏みにじったというべきであって、その不履行の内容、程度に照らせば、委任事務を全く履行していないに等しく、右交付金は、本件委任事務処理の費用として評価するに値せず、したがって、被告は、原告らに対し、未だ返還していない相続税申告費用二一九八万三一五〇円を返還すべきである。これを報酬として取得しうるとする被告の主張も、右同様の理由により、失当である。
4 以上により、被告の債務不履行により原告らが被った損害は、延納手続により土地を売却したことによる損害一億九〇一四万七二二〇円、延納利子税額から土地の保有の利益を控除した四六五一万二一八六円、過少申告加算税額二二二一万九五〇〇円及び相続税申告費用の残額二一九八万三一五〇円の合計二億八〇八六万二〇五六円と認められる。
五 最後に本件損害賠償請求権は相続人各自に別個に帰属する分割債権か否かについて検討する。確かに、相続税は各相続人に対してその相続財産に応じて個別に課せられるものであるから、相続税申告手続を内容とする委任契約は、各相続人と税理士との間で個別に締結されるものと考える余地もある。しかし、本件の委任契約は、分割する前の一体としての相続財産について、各相続人の相続税が各自にとって適切に減縮され、あわせて物納により納付できるような内容で分割されるように指導、協力するとともに、原告らのした遺産分割に従って相続税申告手続をすることをその本旨とするものであるから、本件委任契約に基づき被告が原告らに対して負う債務は相続人三名全員を相手方とした不可分のものとみるのが相当である。したがって、そのような不可分な債務の不履行により生じた損害賠償請求権も、また不可分債権であると考えられる。
よって、原告らは、被告に対して、不可分債権として、被った損害二億八〇八六万二〇五六円について、賠償請求することができる。
六 以上によれば、原告らの本訴請求は、原告らから被告に対して二億八〇八六万二〇五六円及びこれに対する支払催告の日の翌日である平成七年七月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条ただし書を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官門口正人 裁判官小林元二 裁判官松山遙)
別紙<省略>